中辺路・紀路(全13回・12回目)三越(みこし)峠〜発心門王子
2006.04.22.土

・・・藤原定家によれば・・・
「夜中に湯河の宿所に着く。この間、崔嵬たり、予行、甚だ恐れあり」
とあるので、暗くなっても歩いたようだ。また、更に続けて・・
「寒風なす方なし。非常の水ごりあり」












11:20

中辺路に入ってから山々は色とりどりに化粧を始めていた。
濃い緑・淡い緑・桜色・・つつじ色も・・若い山を眺めながら・・ああ〜今日は窓際でよかった・・

11:23 くらいか?いつもの道の駅に着く
ここは熊野古道が、すぐ近くを通っている。牛馬童子が近くにある。
ここでの弁当は地元の方の手作りで、実に旨い!ほんまに旨い!
・・夢中でパクついていると張り紙が見える・・「キジ丼あります」
え?!何ですと!?そ・それを食いたいんですが・・

あとで考えれば弁当をバスに置いてキジ丼を食べれば良かったのだ・・
12:00くらいか?出発!

12:11 左のような建物が見える・・
磐余のあるものかと思ったら・・関係なかった・・
12:14 「大阪ガスの森・ダイキン労組の森」と書かれた立て札がある。
「林道・小広和田川線」と書かれた表示もある。

ここでバスを降り、ストレッチをし、スタート!
12:20 アスファルトをすぐに木々の中へ入っていく
12:23 すこしだけアスファルト! すぐにまた木々の中へ・・

小広(こびろ)峠は昔、狼が吠える峠・・吼比狼(こびろう)峠・・と呼ばれ、
旅人や村人を魔物から護った「千匹の狼」伝説がある。





12:25 ここから・・いよいよ!
左の写真を入ると、こんな道
?上に何かかかってる〜?
お地蔵様の上に・・藤棚かも?
と思ったが違うようだ








12:30
熊瀬川王子の表示・・が・・小広王子と共に、ここは藤原定家の熊野詣を記した「熊野御幸記」には登場しない。当時は2つともなかった王子である。
 








12:45 草鞋峠(ヒルふり峠)

今、登ってきた道は自然林なのだが、
ここより植林の森となる。

昔、まだ植林などなされていない頃は「ヒル」が多くふってきて困ったそうだ。

バスの中でも教えて頂いたが、ここでもまた説明があった。
「へえ〜!植林のおかげで助かったなあ」
「ヒルがおったら私はよ〜来んわあ」
と盛り上がった。

小休憩の後、出発!すると・・・オッサンが・・・

「さあ〜!みんな!尻を振って歩かんとアカンでぇ〜!きばりや〜!」
「・・・・・」
「頑張って尻振れよ〜!」
「何いうとんのん!尻やなしにヒルやで!ヒルがふるって先生が今!言うたやろ!」
「せやから尻を振れっちゅうてんのんや〜(笑いながら)」
「・・・せやから尻やないっちゅうてるやろ!」
「え?尻振り峠やろ?」
「アホか!尻やない・・・ヒルふり峠・・・」横から声が飛ぶ・・・
「ほっとき〜!オッサン、尻しか興味ないんや!」

もう〜・・大笑い!・・(^▽^)

「ヒルふり峠」だか「尻ふり峠」だかからは「女坂」と呼ばれる。
女坂を下ってくると、ご覧の通りの場所。せせらぎがある。

13:01 ここに昔は茶屋があった。
ここから更に急な「男坂」に入るので休憩場所として栄えたであろう・・・

・・・茶屋の、その名も粋で・・・「仲人茶屋!」・・・茶屋はないけど5分の休憩


向こうが「男坂」


行ってみたいんだが・・
←「男坂」は藤原定家曰く「掌を立てたるが如き・・・」というくらいの急坂。13:11


13:29
やっと平坦な道に
13:31

13:34
岩神王子



ここを登った所に岩神王子跡


王子跡が見えるかなあ〜?

13:41 小休憩の後、出発!

手入れされた植林の明るい道を気持ちよく下っていく。

13:47 広い道路へ出る 
王子跡かと思えば・・
王子製紙社有林・・(^。^)
紛らわしい作り方だなあ〜!

ここを右手に行けば「蛇形地蔵」へ・・(あとで合流する)
左は・・どこへ行くのかなあ?
更に「熊野古道」の標識に従って少し右へ行って、すぐに下に降りて行く
14:14 おぎん地蔵・・TVの何とかの「おぎん」ではなく・・

1816年10月29日没
京都の芸者・おぎんが道場川の豊之丞を慕って、ここまで来た。
もうすぐ道場川という所で、二人組の追いはぎに襲われ命までも奪われた。
土地の者が哀れんで地蔵をたて「おぎん地蔵」と呼ぶようになった。

・・・と、説明書きがあった。
14:36 蛇形地蔵



講師が「・・あ!アカン!・・」
と言う間もなく、オジサマが・・・
カ〜ン・・!
「あかん!叩いたらあかん!
それは非常用や!」
「ダル」というのは「悪霊」 ここでトイレ休憩
15:01
うっかり右へ行ってはダメ
15:02 湯川一族発祥の地
ここらには見事な石垣が多く残っている。

道場川という集落があって(さっきの、おぎんさんは、ここを目指していた)昭和38年、最後の一軒が出て行ってからは、さっきの標識の墓が残っているだけとなった。

そして、ここが湯川王子だ。




















ここには見事な石垣が組まれ、今は苔むしていて素晴らしい雰囲気を醸し出している。

当時の繁栄ぶりがハッキリと伺える。

時間があれば石垣をゆっくりと眺めてみたかった。
15:05
平坦な道が続く

が・・ここからは「三越峠」・・
「ひと越し・・ふた越し・・」
そして・・
みっつ峠を越すから・・
「みこし(三越)峠」

15:23
15:26 三越峠休憩所

休憩所の右へ入っていく

ここは見晴らしが良くて
ひとときのくつろぎ場所。
休憩所の後ろを工事用のトラックが
入っていった。何の工事だろう?









関所からは、
またこんな道が続く
さっき登ってきた道は矢印のトコ。
ハッキリと分かるように、
アスファルトの道路にも石畳が造られている

アスファルトの色を変えたりしている場所もあり
結構、親切に分かりやすく整備されてある
でないと迷子?に大わらわだろうなあ〜
15:55 
さっき石垣が美しいと騒いだけど・・・
ここからは、結構な距離、こうして橋やら石垣やら・・・素晴らしく見事な、苔むした石・石・石・・・・・
15:58 左のような場所もある〜

更にまた石垣で作られた道を通っていく・・・

16:06 分かれ道
船玉神社を経て猪鼻王子へ

ひと越し・・ふた越し・・みこし・・と峠を三つ越して・・











16:17 川の流れに沿っての道に出る

この・・せせらぎの音がイイんだよなぁ〜・・

キャンプができそうかと思えば・・
「マムシ多し。キャンプ禁止」の立て札
16:24

この辺りから小雨が・・・もうたいした坂もないので傘で十分です。
16:27船玉神社天気が悪いので・・素通り・・ごめんなさい・・
  16:34猪鼻王子&側にあったお地蔵様
 
16:41 たっくん坂

なんで「たっくん」なのか聞こうと思いながら、すっかり忘れてしまいました・・反省!

かわいい名前の坂を登り終わると今日のゴ〜ルとなります。
16:50 坂を登れば・・発心門王子

ここより熊野本宮の境内と同じなので、
着物をただし、7km先の本宮に向かう事になる。

(来月の一泊の時に詣でる事になっている)

ブログに、帰路についてからの話題もあります



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